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はじめに



いまよりもっと、うまくなりたい。
そう思った時、あなたは何をしますか?

練習?
そうですね、練習は最重要です。
練習することは、自分の演奏技術を高め
より良い音楽をつくるのに必要な行為です。
どんな天才でも練習しています。
うまい人ほど、人より沢山練習しています。
レッスンを受けたり、教則本をやったりして
正しい努力を重ねれば、
もっと上手く演奏できるための
技術が身につきます。

でも、こんなこと言われたこと、ありませんか?

「テクニック(技術)だけでは、
人の心を動かす演奏はできないんだよ」とか。
…コンクールの講評にコレ書かれてた
ってひともいるかもしれませんね。

または、「一流の演奏をききに行け」とか、
あるいは「もっと色々な音楽をきいて
自分たちの感性を磨け。
そうすればもっといい音楽ができる」とか。

演奏は技術だけでよくならない
というのは、なんとなくわかったけど、
教えてくれる人によって言うこと色々だし、
ようするに、なにが重要なの?

じゃあ、まず
音楽を「演奏する」っていうのは
どういう過程(ルート)をとっているのかを
見てみることにしましょう。

【作曲家】
【楽 譜】
【演奏家】指揮者・ソリスト・奏者 など
【きき手】お客さん・審査員 など

音楽が生み出され、演奏されるには
この4つの役割が必要です。

この4つはどんな関わり方をしているのでしょうか。
試しに、あいだををつないでみましょう。

①作曲家(もしくは編曲者かも)が
 譜面を書きます。
②その譜面をもとに、演奏者が演奏をします。
③その演奏を、きき手がききます。

上から下へ順番にたどると
こういう感じでしょうか。
でもこれだと、技術が身についていさえすれば
誰が演奏しても同じように「再生」
されるのではないかと思えちゃいますね。

実はこの図、役割と役割のあいだをつなぐ
矢印の書き方が重要なのです。
実際のところは、こうなっていると言われています。

【作曲家】
  ↓ ・記譜をする(音楽を記号化する)
【楽 譜】
  ↑ ・読譜する(音楽を解釈する)
【演奏家】
  ↑ ・演奏する
  ↓ ・演奏をきく
【きき手】

どうでしょうか?

コンクールで、たとえば同じ自由曲を
2つのバンドが演奏しても、同じ演奏にならないのは
この「解釈」の部分が、みんな違うからなのです。


なぜこういう現象がおこるのでしょうか。
そのこたえを出すには、
わたしたちが何をもとに演奏をつくっているのかを
考えることが、必要です。
私たちは何をもとに、音楽をつくっていますか?
そう、楽譜です。
※たまに、CDなどの録音を聴いて、演奏をつくる
 たすけにしている、という場合もあると思います。
 でもここでは基本的には、
 楽譜をもとにする、と考えることにします。

楽譜も、録音も
目には見えない、形もない「音楽」というものを
記録するためにできたものです。
録音は、音=空気の振動を電気信号に変えてそのまんま記録します。
しかし楽譜は、音を「音符」という記号に変えたり
表情を表す言葉や強弱記号に置き換えないと書き表せないのです。
具体的にいえば、楽譜には音色を表すことができません。
表情記号、楽語ではニュアンスを書き表せられても、
録音ならわかるのですが、楽譜から、作曲者の求めているのが
その楽器のどういう音色なのかはわかりません。
こういうことが、録音と楽譜の大きな違いです。

というわけで、楽譜を基に演奏を作る場合は、
音符という記号にしたり、楽語ということばにしたりした際に
失くしてしまったいろいろな情報を、
おぎなう必要があります。
これをしない演奏というのは、極端なはなし、
コンピュータに機械的に音符をうちこんでつくる演奏と同じなわけです。

だってコンピュータは、例えば、
その楽譜がいつの時代に作られたものなのか、
その頃はこういう時には装飾音符をつけるのが習わしだったとか、
この音符はこういうふうに演奏するしきたりだったんだ、とか
こういう和声は当時どんなふうに演奏していたのか、とか
そういうことを知りませんから。


今上にあげたような、
楽譜にした時に失われた色々を補うのに必要とされているのが、
「スタイル(様式)」「ハーモニー(和声)」
「メトリーク」「アナリーゼ(音楽分析)」「音楽史」
などの知識なのです。
そして、そういう知識を補って演奏をつくっていくことを
「解釈」とよぶのです。

音楽を演奏するにあたって
技術だけではたりない、という時、
必要なもののひとつが
この「解釈」だ、ということは
これでわかってもらえたと思います。

ではもうひとつ、「解釈」と並んで
技術のほかに必要と言われる「感性」について
考えてみましょう。


「感性を磨け」とかいうと、音楽や、音楽以外の
芸術に触れたりすることをイメージするひともいると思います。
もちろんそれも、感性を磨くためには有効です。

が、そもそも、「感性」というとっても曖昧な言い方でくくられている
ものの正体って、何なのでしょうか。

きっと、言ったひとや文脈によって
意味合いは変わってくるとは思いますが、
「感性」とは
「ことばにはうまく言い表せないけど、たしかにある知識、経験」
と、言い換えることができるんじゃないかと思います。
難しい言い方ですと、
『言語化されていない知識』などと言えると思います。

先ほど、楽譜を読み取って足りないところを補うのに必要だと言った
「スタイル(様式)」「ハーモニー(和声)」
「メトリーク」「アナリーゼ(音楽分析)」「音楽史」
などの知識を自分のものにするには、
ふつう、言葉を使ってします。
本を読むにしても、誰かに教わるにしても、
言葉のやりとりで知識を身につけるのです。

けれど時には、そういう「言葉」によって知識を吸収しなくても、
見たり聴いたり感じたり触ったりすることが直接
演奏者の血となり肉となる、自分のものになって
適切に演奏を実現できる、そんな場合があります。
これを、感性と呼ぶのではないでしょうか。
自分の得られたもののことを、上手く言葉では言えないかもしれません。
でも確かに、わかった。
そんな経験、ありませんか?

そんなの天才みたい、って言うかもしれません。
そうだとしたら、天才は、とてつもなく感性の豊かな
ひとだということができるかもしれません。

「言語にすることなく、
音楽が求めていることを理解して
それを実現できる能力」イコール感性だというのは
あくまで仮説です。
しかし、感性とは言っても、
ただ単に生まれ持った才能に頼るだけでなく、
美的感覚を研ぎ澄ませばいいというものでもなく、
上で上げた「知識」を学び、吸収するなかで
自然にからだに身につくものだと思うのです。

心(感性)と頭(理性)は
決して相反するものではありません。
どちらか一方だけが先によくなるものでもありません。
言葉にできるからといって、
理性だけを過信してはいけないと思います。
感性という、ことばにできない領域にも
大きな価値があるのです。
これを理解することが、
よりよい解釈をえること、ひいては
よりよい演奏の助けになると思います。

さて、これで、
よりよい演奏をするためには技術的な練習のほかに
「解釈」つまり知識を吸収することと、
「感性」こころの部分を磨くこと
この2つが、同じだけ必要なんだということが
これでひと通り、説明できたかなと思います。

次の記事からは、じゃあ実際に
解釈を学ぶにはどうしたらいいのか、
そしてそのあと、感性を磨くには
どうしたらいいのかを
ご紹介していきたいと思います。


取材協力・内容構成
 Takayuki Komuro

文責
 Band-Searchlight管理人




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